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「自分が」「何とかしなければいけない」理由なんて、ないんだ。


2016/01/12

2/6(土)開催 愛用品の声で聴く2016年のテーマ with 本気のおやつ
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前回は、週刊・心のコソ練メルマガにいただいた練習日誌をシェアしました。
→別に私がどうこうする必要もなく 幸せだったらどうする??(2016/01/12)

ご報告をくださったあみさん、改めてありがとうございます♪
このご報告のなかにある問いかけに、深く深く心揺さぶられましてね、思わずご報告が届いたその日にシェアしちゃった(笑)

ホント、本質的な問いかけが書かれていますので、よかったらぜひ、ご覧になってくださいませ。




さて。
私がここまで心揺さぶられたのは、あみさんの言葉が、かつて私の心をよぎった言葉そのものだったからです。

もうねー、ホントびっくりした。


今朝配信した週刊・心のコソ練 第30号で、螺旋階段と定点ポイントの話をしましたが、この件もまさにそう! 

かつて自分が向き合った問い、今もなお折に触れ、見直しを迫られる問いが見事に現れたのを見て、ひとり大笑いしました。そして、今の自分だからできること、お話しできることを、記事を分けて書いてみようと思い立ちました。


今回と次回の二回に分けて、私自身のプロセスを題材に、観念や古い感情が人生に及ぼす影響、それらを取り除いたときに生まれる新たな問いかけについて、書いてみたいと思います。

しばし昔話が続きます。
よかったら、おつきあい下さいね。




お金や仕事といった普遍的なテーマには、人それぞれの価値観や思い込みがあるものです。それは決して単純明快なものではありません。人生のあらゆる場面で、無意識のうちに蓄積されてきた、ときには相矛盾する考え・思いが交錯して、今の自分に影響を及ぼしているんですな。

結果、「こうしたい」と思っているのに、できない理由やできない状況が生まれる、できる範囲でだけやろうとする、といった事象が現れます。心に抱いているものとそれが作り出す事象も千差万別です。同じ現象のように見えて、根っこが全く違う場合もあるし、一見真逆の現象でも、根本が同じ場合もある。


私自身の例でいうと、昔から「働かざる者食うべからず」という観念が根強くありました。もうひとつ強力だったのは、「働いて一家を支えてくれている人の犠牲の上に、自分の人生は成り立っている」という観念、それらの観念に関連する罪悪感です。


実家にいた頃は、「働かざる者食うべからず」「働いて一家を支えてくれている人の犠牲の上に、自分の人生は成り立っている」が真実だと思ってきました。結婚してからも、その思いが変わることはありませんでした。

ひょんなことから再び心について学び、それらが真実ではなく、観念、単なる考えのひとつなんだと気づいてからも、それらは根強く私の心を支配していました。正確にいうと、それらの言葉に、力を明け渡していたんです。


かつては、こうした観念や古い感情をひとつひとつ取扱い、人生を好転させていこう、と考えていました。が、今はそうすることに、自分が与えた以上の意味はない、と気づいています。

もったいぶった言い方をしちゃったな(笑)
ぶっちゃけ、観念や古い感情をひとつひとつ取り扱うことに、深い意味はないです。そうすることが自分によってよきこと、と思えているうちは、効果があるように感じられるだけ。

それに、もっと本質的に、無駄に苦しむことなく、心を変えていける方法があります。
根こそぎひっくり返すアプローチがね(^-^)
心のコソ練は、その入り口です。



それは重々承知の上で、今回・次回の記事では、ある一面から、観念や感情のからくりを読み解いてみます。このプロセスを踏まえたうえでお話したいことがあるし、こうしてお話することで、今誰かの力になれるかもしれないので。




結論から言うとね。

「働かざる者食うべからず」や「働いて一家を支えてくれている人の犠牲の上に、自分の人生は成り立っている」という思いの下にあるのは、とてつもなく大きな、親への愛と感謝です。結婚してからは、対象が、親から夫に変わりましたが、仕組みは同じことです。

私たちの本質は、愛そのものですから、それ以外が存在することはありえません。そして、感謝は本来の私たちが普遍的にもっている質です。
ただ、その愛と感謝が、心の標準装備である罪責感(罪悪感)や劣等感と結びついたために、ねじまがって認識されただけ。


父さんのことも、母さんのことも、旦那さんのことも大好き。
だから幸せでいてほしい。
苦しまないでいてほしい。
そのために自分にできることがあったら、何でもしたいんだ。


根っこのあったのは、それだけ。




ただね、ここには、巧妙な思考のからくりがあるんです。

 自分の大好きな人は、自分のために幸せになれずにいる 
 その人が幸せでいるために、自分が何かをしなければいけない 


という巧みなからくりが(笑)。
これらも単に思いであって、真実ではありません。

私たちの心には罪責感(罪悪感)が標準装備されていますから、折に触れ、思いや考えにこっそり入り込んでくるんですな。事実みたいな顔をして。

実際、私は「自分のせいで…」という言葉を真実だと思い込んでいました。当時はそれが、根拠のない単なる思い込み、だなんて、とても思えませんでした。


今なら、よくわかる。

私たちが「ある」と思っている罪責感の正体は、私たちの想像とは全く別の場所にあるんです。それを見切ることができると、全く別の事実が浮かび上がります。

その人が自分のせいで本当に苦しんでいるかどうかなんて、ぶっちゃけ、わかりません。ましてや、その人の幸せのために「自分が」「何とかしなければいけない」理由なんて、ない。
やりたきゃやればいいし、したくなければ、しなくていい。

ところが、当時の私は、半ば反射的に「その人の幸せのために、自分が何かしなければ」と思いこみ、その手段として、夢ややりたいこと、豊かになれる仕事を探そうとしていたわけです。


 

結局のところ、そのときの私が本当にやりたかったのは、「自分の大好きな人をこれ以上不幸にしないこと」。夢ややりたいこと、豊かになれる仕事は、その手段でしかなかったんです。

この状態で、夢とか、「やりたいこと」とか、豊かになれる仕事を探しても、ピンと来るものに出会えるわけない。

出会ったとしても、確信が持てない。
夢中に突き進んでいけない←大好きな人をこれ以上不幸にしちゃいけないから(笑)

当たり前ですよね、本当に望んでいるのは、夢とか、「やりたいこと」とか、豊かになれる仕事じゃないわけですから。



だからね。
あると思っていた罪責感(罪悪感)の正体を知り、心の仕組みやこの世界の真実を知ることで、まったく別の可能性がある、と気づいたときには、心底ビックリしました。


私の場合は、実際の体験が先に起こって、後から気づく場合が多いので、気づいたらすでに別の可能性を生きていた、というほうが、より実態を表しているかもしれません。




寸止め感満載ですが、今日のところはこの辺で。

今日の話は、人によって心がざわっとするきっかけになるかもしれません。「頑張って」理解しようとしたり、「無理やり」「そう思い込もう」としたくなるかもしれませんね。

私のおススメは、そうした気持ちに逆らうことなく、かといって気持ちに耽溺することなく、ただ気持ちを見つめ、感じてみることです。こうした方法論を書いちゃうのもどうか、と思うけど、今日のところは書いときます。

私自身のプロセスを分かち合うことで、どこかの誰かの心に、気づきとひらめきが生まれることを意図して、終わりにします♪




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本ブログの過去記事も、順次再編集し、ホームページに移行していきます。
よかったら、ホームページでも、引き続きおつきあいくださいませ。

なお、過去記事を時系列で読みたい方のために、本ブログはそのまま残しておきます。私と似たようなプロセスを生きる、どなたかのお役に立てたら嬉しいです。

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comment (0) @ 「本当にやりたいこと」へ続く道
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