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祈りとは(2)


2016/04/21

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昨日の記事の続きです。
→祈りとは(1) 2016.4.20公開

祈りとは、自分にとって真実であってほしいことを明確に意図すること、それを体験する、と宣言すること。


毎日のなかで、何度も繰り返してきた「聖霊の目でこの世界を見せてください。」という祈りは、まさにこういう意味だっんですよね。←今さら気づく。

なるほどなーと納得した次の瞬間、自分は何が真実であってほしいのだろうか?という問いが生まれました。


「聖霊の目でこの世界を見せてください。」

そう祈るたび、何度もハッとするような光景を見せてもらってきました。ということは、自分は、聖霊が見せてくれる世界が、自分にとっての真実であってほしい、と思っていたんだな。

じゃあ、そもそも、聖霊が見せてくれる世界って何なんだろ???

その問いが生まれた直後、今まで歩いてきた心の旅路がさーーーっとフラッシュバックしてきました。




本当のことが知りたい。

その一心で探求しているうちに、非二元の教えと『奇跡のコース』に出会いました。そして、根源的な心の仕組み(≒自我の性質)と、この世界の仕組み(≒自我の企て)を知り、体験を通して腑に落としてきました。

探求の果てに、自分やこの世界そのものが本当は存在しないのだ、と気づき、すべてがひっくり返ってしまいました。自分が立ちもどるところが、根本的に変わってしまったんです。

とはいえ、決してそこでおしまいではなく、目の前の日常は続いていくし、探求はさらに深まっていきます。ただ、かつてに比べたら、生きるのが格段に楽になりました。

本質的なことを知っているので、目の前で本当は何が起こっているのかよくわかります。わかれば、対処のしようがあります。

そうした対処のガイドブックとして、『奇跡のコース』がいつもそばにあります。コースは、実に秀逸なガイドブックです。心を再訓練しながら、同時に、一瞬一瞬幸せを味わえます。本文の記述にもある通り、「やってみれば、確かにそうだとわかる」。


ただね。
ときどきちょっと引っかかることがあるのです。

いつでも聖霊のいうことを聞いていればいい。
聖霊の見せる世界が、すべて正しい。

下手すると、そんな思い込みが生まれるんじゃないかって。

聖霊の見せてくれる世界が絶対。
それって、私にとって「真実であってほしいこと」か???




たしかに、自分の考えやモノの見方を放棄し、聖霊(神でも宇宙でもなんでもいいけけど、それ)に委ねれば、自分の想像を超えた光景を見せてもらえます。

それは何度も何度も体験してわかってる。

ただね、そうした姿勢すら、一歩間違えば、自分や誰かを裁く格好の道具になるんですよね。


委ねられない自分を責める。
そんな自分を変えようとする。

委ねられない誰かを責める。
そんな誰かを変えようとする。


これはなにも、「聖霊に委ねる」だけの話じゃありません。心の仕組みであれ、ありがたい教えであれ、○○の法則であれ、みな同じ。使い方を間違えたら、とたんに自分を苦しめる道具になる。

これをしないと、幸せになれない。

そんな、もっともらしい信念を作り出す種になる。


…わたしゃそんなん嫌だな。

何かをしないと、幸せになれないなんて。
幸せになるのに、何かが必要だなんて。

そんなの真実であってほしくないよ。





ひょんなことから、自分でも気づかずにいた本当の気持ちがあふれ出て、止まらなくなってしまいました。続きは、次回に。
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