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祈りとは(3)


2016/04/22

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祈りについての記事の続きです。
前回・前々回は、こちら。
→祈りとは(1) 2016.4.20
→祈りとは(2) 2016.4.21


祈りとは、自分にとって真実であってほしいことを明確に意図すること、それを体験する、と宣言すること。

この言葉を探求しているうちに、何が自分にとっての真実であってほしいのか、ざざざーっと見えてきて、思いが止まらなくなりました。




これをするから幸せになれる。
そんな条件つきの世界が真実であってほしくはないよ。


いつ、どんなときでも。
自分が何をし、何を思っていても。

そんなことに関係なく、幸せでいられるのがいい。
幸せなんだってわかるのがいい。



自分や誰かが、どんな態度で何を言い、
それによって、何が起こっているように見えようとも、
みんな愛だったんだ、愛からそれが生まれたんだ、
そうわかるのがいい。


怖れからそれが生まれた、なんて
真実であってほしくないよ。

自我の枠組みで見れば、
そこに怖れがあることは明らかだろう。
怖れを見て取ったら、
即座に対策を打ちたくなるに違いない。

だけど私は、別の枠組みを選ぶよ。
本当にそこにあるものを見ることを選ぶよ。
本当にそこにあるものとだけ話をする。
本当のことしか相手にしない。


かといって、怖れを感じることが
完全になくなるわけじゃない。
それは重々承知の上だ。

それでもいいじゃん。

怖れにまかれたって、
心の正気を失ったって、
あるがままを見られなくたって、
後から考えたらトホホなことをやっちゃったって、
別にいいじゃん。

やべ、自分間違えた!と思ったら、
そこで訂正すればいいじゃん。

感じたままに生きればいいし、
ちょっとごまかしちゃってもいい。

たしかに、必ず幸せに戻れる方法はある。
だけど、いつもそれを選べなくたっていい。

みんなみんな、
そうやって生きればいいじゃん。

気がついて、
別のものの方がよかった、と思ったら、
そこで修正すればいい。

あのときは、お互いやっちまったねえ…

そう言いながら、笑っておしまいにすればいい。



自分が何をしようと、どう振る舞おうと、
誰も何も傷つかないと知っている。

その人が何をしようと、どう振る舞おうと、
誰も何も傷つかないと知っている。

そういうのがいいよ。

しょっちゅうそのことを忘れても、
無駄な罪悪感に苦しむことがあっても、
それもまたよし。


…結局なんでもいいじゃん。
私らが何を考え、どう振る舞おうと、
大切なものは、なんも変わらないから。
決して、動じないから。


愛されるために何かしなくたっていいよ。
もう十分愛されてるよ。

生き残るために何かしなくたっていい。
絶対困ったことにはならないよ。


愛されるためとか、生き残るためとか、
誰かのためとか、何かのためとか。
そんなこと考えないで、
ただ、自分が幸せでいる方を選べばいい。

好きなことを好きなように好きなだけ、
すればいい。

それですべてが調和するから。
間違えたように感じることがあったって、
それも含めて、完全に調和しているから。


私は、そういうのがいいよ。
それが真実であってほしい。

ここまで書いてきたら、もう一度すべてがするするとつながって、またもや一人で瞳を熱くしました。

…これ、『奇跡のコース』が教えてくれていることじゃないか…




確かにコースは、優れた教材だ。
心の仕組みや心とのつきあい方が、嫌になるくらい詳しく書いてある。何を選べばいいのか、どうすればいいのか、ビックリするくらい明確に書いてある。一切、ぶれがない。妥協がない。

でも、コースが本当に伝えているのは、そうしたノウハウや手段じゃないんだ。ただただ、真実を伝えるために、私たちが真実を受け入れられるようになるために、道のりを示してくれているだけのこと。

道のりは道のりでしかない。
道のりは、目的地じゃないんだよ。




自分にとって真実であってほしい世界は、『奇跡のコース』があの手この手を使って見せてくれようとしている世界と同じだった。そう気づいたら、コースに書かれている言葉が、いくつもいくつも心に浮かんできました。

「あなたに罪がないことは神によって証明されている」
「あなたはいつでも完全な愛」
「あなたが罪を犯したことは一回もない」
「聖霊の目で許された世界を見るがいい」


おいおいこれ、自分が本当に望んでいたことじゃないか。
こうであってほしい、と心底願っていたことじゃないか。

…あらやだ。
今の今まで気づかなかった(笑)




時間にしたら、たぶん2~3分、いろんなことがぐるぐるっと心をよぎり、結局、最初の言葉に戻ってくるのでした。

祈りとは、自分にとって真実であってほしいことを明確に意図すること、それを体験する、と宣言すること。


今回の一件で、図らずも私は、「自分にとって真実であってほしいこと」を明確に自覚することになりました。

それは今心に宿ったのではなく、ずっとずっと心の奥底にあって、光が当たらずにいたものでした。自分が本当はそれを望んでいたんだ、とは、気づきもしなかった。それだけ、この世界の表層の出来事に目を奪われていたのだと思います。


それにしても。
本人に明確な自覚がないのに、「目先のほんの少しの好奇心」をえさに、ここまで引っ張ってくるなんて。…コース、恐るべし。


「真実であってほしいこと」と「本当に望んでいること」については、もう少し書けそうです。よかったらまた、おつきあい下さい。


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